◆


隔離された千晴とアグモン。
それを狙うようにじりじりと詰め寄る、≪デザート・チェイサー≫のトータモン。
威嚇の印なのか、見た目とはギャップがある甲高い声を辺りにまき散らす。

「グゥルル……ゥゥィイイイイイイッ! テメェラ全員ブッッッッツブス!」
「逃げろ千晴!」
「千晴ちゃん!」

威嚇の発声を終えたトータモンは、首の筋肉をほぐすように伸縮運動をし――その姿は正にカメ以外の何物でもない――騒がしく足をばたつかせ始めた。
かの古代鳥デジモン、ディアトリモンの走り出す前のモーションとどこか似通っているがしかし、その動作だけでなく用途もまた、うり二つなのだ。

「ゥィイイイイイイイッ! シェル、ファアランクスッ!」
「……っ」

奇妙な鳴き声を発しながら、唐突に猛スピードで突っ込んでくるトータモン。
ただ走るだけではなく、背中のミサイルのような岩を乱射しながらの走行は、威嚇を通り越しての攻撃そのものだった。
その光景に悪寒が走った千晴とアグモンは、舗装された道を逸れて雨の中逃げるように走り出す。
しかしその逃走中、千晴のデジヴァイスは静かに光り出した――。


   ◆


デジモンアトラクターズ
World 3 Desertification-Rain
Attract2 『Trust in their friend.』


   ◆


「きゃっ!」
「チハル! 大丈夫……ぐぁあっ!」

砂に足をとられて派手に転倒する千晴を心配し、共に走っていた足を止めるアグモンにトータモンの甲羅を撃ち出す攻撃・シェルファランクスが炸裂する。
うつ伏せに倒れるアグモンの隣には、転倒してから体制を変えていないチハルの姿があった。
それを見かねて、先ほどまで千晴と喧嘩を(一方的に罵倒を浴びていたとも言うが)していた弥之介が身を乗り出す。

「……んの馬鹿っ。おいテントモン、行くぞ」
「ヤースケ――……はい、行きましょう!」
「弥之介、ちょっと待った!」
「っ、なんだイキナリ、千晴が危ねぇんだよ」
「そんなん見れば解る、だけど……言っておきたいことがあるんだ」
「……なんだ、手短に済ましてくれるか」
「大したことじゃないんだ。ただ――」

何やら神妙そうな大希の表情に、弥之介もやむを得ず話を聞く体制を整える。
大希の頭の中には、一つ危惧していたことが過ぎっていた。
ディアトリモン戦で見せたテントモンの技・プチサンダーは、その名の通り電撃を発していることが明らかである。
そしてこの雨。
弥之介がもし、地面が濡れていて、通電すれば敵だけでなく自分たちも危険だと思い違いを起こしている事。
そうすれば、弥之介とテントモンは自ずと決め技であるプチサンダーを抑え込み、別の方法で戦いを挑むことになると。
自分とテリアモンがいければいいのだが、と考える大希だが、やはりこの雨ではテリアモンのブレイジングファイアも威力を殺し、何よりディアトリモン戦で疲れているテリアモンに連戦を強いることはためらわれた。
そうなると千晴が逃げ回っている今、綾香か弥之介のどちらかが戦わなければいけない状況なのだが、綾香は元々こういった争い事(まさしくこういった暴力を伴う争いだ)が苦手だし、パートナーのプロットモンを死地へ送り込むことは難しいだろう。
やはり弥之介とテントモン。
彼らしかトータモンには対抗できないのだが、何度も言うようにこの雨が、彼らの作戦を狭めているとしたのなら。
勝率は著しく減り、恐らく10回戦ったところで精々2回引き分けるのがやっとになってしまうだろう。
それならば、尚のこと大希は教えなくてはならない。
大希は自分でも何をしなくてはいけないか理解したし、何を教えなくてはいけないのかも解っている。
捲し立てるように、だけれどどこか落ち着いた口調で、大希は弥之介へと≪自分の気付いた事≫を伝えた。
弥之介が大希の話を聞き終えると、いつもの様に冷静な口調で「サンキュ」と一言だけ大希に言って、テントモンと共に戦場へと赴く。
一方、弥之介が大希に話を聞いている間に、千晴とアグモンは立ち上がり逃走を再開していた。

「あんっ、なのっ……! 攻撃する、暇なんてっ、無いじゃないのよー!」
「……んだっ、それならっ、オラが進化、してっ……!」

急ブレーキをかけて立ち止まるアグモン。
それに合わせて、まるで児戯をするようにアグモンの周りをタイヤの様に転がり出すトータモン。
「ゥゥィイイイイイッ!」と甲高い音で笑うように鳴くと、トータモンはアグモンへと真っ直ぐに突っ込んでいく。

「オラをなめるでねえぞ! ……アグモン進化――……っ! ……あら?  うがぁああっ!」
「アグモン! どうして、こんな事を――」
「おか……しいだなぁ。確かにチカラを感じたんだけんども」

千晴は先程転倒した場所を見やると、デジヴァイスが落ちている事が確認できた。
言うまでもなく、千晴が転倒した際に落としてしまったのだ。
千晴の手元を離れたデジヴァイスは輝きを無くし、アグモンの進化も不可能になってしまった。
千晴は転倒してしまった自分を恨み、自己嫌悪の渦へと嵌っていく。

(あたしが……やーすけにつっかかんなきゃ、こんなことには)

「俺ヲ嘗メルナダッテ? 期待通リノ軟弱サダ、狩リガイガナイクライニナ!」
「狩りがいが無いって? それなら俺達が相手するからさっさとこっちに来な」

もう一度、デジヴァイスが落ちている場所に視線を戻す。
そこには自分達と同じくこの場違いの雨に濡れている弥之介とテントモンが居た。
落ちているデジヴァイスを弥之介が拾い上げポケットの中に突っ込むと、その様子が気にくわないのか、トータモンが不機嫌そうに弥之介に話しかける。

「何ダテメェ。テメェラ喧嘩シテタジャネェカ、今更何シニヤッテキタ?」
「ごちゃごちゃ五月蠅ぇな。やかましいんだよ、お前。覗きが趣味なのか? 最悪だな」
「……ナンダト」
「ごちゃごちゃうるっっせぇんだよ。喋るデジモンに今更驚きゃしねえけど、てめぇはやかましいにも程がある。さっさと家帰って寝ちまえ」
「貴様、許サネェ、ブッッッッツブス! シェル、」

普段の冷静な弥之介からは想像も付かないその毒舌に、テントモンはもちろんのこと、大希や綾香、そして千晴もが驚いている。
それ程までに、弥之介が激情しているというのは特異な光景なのだ。
冷静な表情を保っているモノの、その変わり果てた口調に驚いていない者など、この中ではトータモンぐらいだった。

「久々に頭来てんだよ……! 俺の友達を平気で傷つけやがって!」
「やーすけ……」

呼応するように弥之介のデジヴァイスが輝き出す。
テントモンの頭上には、テリアモンの時と同様に光の輪が浮遊していた。
そしてそれはテントモンを包むように降下していき――。

「ファアランクス!」
「うぉおおおおおおっ!」

撃ち出されたトータモンの甲羅を、次々と頭突きで破砕していく巨大な影。

「テントモン≪進化-エヴォリューション-≫、カブテリモン……!」

――進化を、遂げていた。

「頼んだぜ、カブテリモン――ッ!」


   ◆

実際の所、あの時のあたしは馬鹿だったと思うし救いようの無い奴だったって事も重々理解しているつもりだ。
まぁなんていうのかな。
あ、これ「後に友人Aは語る」って奴だよね? ね?
まぁいいんだけど、あの時ほどやーすけコト、隆崎弥之介を恐いと思ったことは無いわけで。
ほんとだよ? 激情している言葉を発しているとは思えない冷静な表情からは「おい、てめぇの血は何色だああん?」とか聞こえてきそうな雰囲気でした。
真面目な話なんだってば、笑わないでって。
助けて貰った後、あいつが爽やかに笑わなければ今もこうして気楽に一緒に旅してるなんてありえないんだから。
――凄かったよね。
あの前に進化してたテリアモン……じゃなくて、ガルゴモンも充分凄かったと思う。
けど、アレは色んな意味で凄いと思ってしまったわけですよ。
あたしのアグモンもあぁなるのかと思うと少し竦みたくなる感じ。
……とにかく。
あの時のやーすけは半端じゃなかった。
何が半端じゃないって、全部がよ。
多分あたしはやーすけに一生頭上がらないな、とか思いつつ、今日のあたしは機嫌が悪いのでここまでしかお話を続けてあげなーい。
え? いつ決めたって? いつって……今、決めた。


――事後・千晴。

Attract7 『Trust in their friend.』END
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