◆


闇夜の密林地帯。
つまるところのジャングルに、大希達4人は寝転がっていた。
否、気絶していて倒れている、と言った方が正確な表現なのだが。
見たこともない植物が生え並び、先を見ようにもどこを見回しても月明かりがわずかに照らす奇怪な木が見えるばかり。
だが足下にはこれも奇怪なことに電光掲示板。
点滅しては表示を変えるその電光掲示板は、どの方向に行けば何処に行けるかを教えてくれる標識になっている。
そう、このジャングルで迷うことなど不可能なのである。

――ここは迷わずの森。
今は昼来ぬ世界の、端の端だ。

そして倒れている大希達の側には、気絶した人ならざる生き物4匹が居た。
大希達にまるで警戒もせず、それどころか護るように大希達を囲んで佇んでいる。

ここは迷わずの森。
今は昼来ぬ世界の、端の端。
決して日が昇ることのない、夜の世界。

   ◆


デジモンアトラクターズ
World 2 Eternal-Sun set
Attract1 『Introduction your self.』


   ◆

意識が覚醒して身体を起こし、ゆっくりと重たい瞼を押し上げると、そこは闇に染まるジャングルだった。


「……は?」

「「は?」 じゃないわよ全く! もう、ここ何処だか分からないし変な奴らに囲まれてるしこいつら何も喋らないし綾香もまだ起きないしっ、あんたについて行ったのが間違いだったぁ……ダイキの所為だからね!」
「っ!?」


あわてて声が聞こえた隣を見ると、そこには見慣れた姿、巳柳千晴。
俺の正面に位置するように座っている隆崎弥之介。
千晴とは反対側の隣で寝転がっている往乃綾香。
そして、そんな俺達を囲むようにどこか遠くを見つめる生き物、4匹。

耳がやけにでかい黄緑色の模様が印象的な二足歩行の(子)犬っころ。
黄色い(子)恐竜。
いやに刺々しいテントウ虫。
……まともな子犬。

正直に言おう。
何がどうなって俺達が此処に、こんな状況でいるのか全く覚えてません。


「え、と……――」
「テンパり過ぎだ千晴。大希も今眼を覚ました所なんだ、少しは自制してやれよ」
「やーすけが冷静過ぎるの! もー訳わかんない! 家に帰してよーっ」
「――……どうなってんの、これ? 俺達確か、駅前で夜遊びしてたんじゃなかったっけか」


あー、と二人合わせて呆れたような声を上げ、空を仰いだ。


「こンの馬鹿、やっぱり覚えてなかったわー」
「予想できた話だけど、此処までとは思わないって……」
「なっ、何の話だよっ」
「あんたが原因で、このヘンチクリンな場所に来たって話よ、もう」


うんうん、と頷く弥之介。
待った、俺には何の罪の記憶もないぞ。
ぬれぎぬも良いところ……だ。
ま、まさか――。

そうだ、確か駅前で聞こえた音の方向に行ったら、見たこともない生き物が居て、俺がつっぱしって、皆がそれを追いかけてきたら、信号機の向こう側にある変な渦に巻き込まれたんだった……。


「――……あ。ゆ、夢じゃ……なかったんだな」
「はぁ、思い出した? あーもう、「あ」じゃないってのよーっ。ダイキがデジモンだ、って飛びださなきゃこんな事には……全く、何がデジモンよふざけんじゃないわよぉ!」
「僕らはふざけてない。僕らがデジモンだ」
「ほらもう、あいつらもああ言ってるじゃない! ふざけてない、僕らがデジモンって……え?」


気付くと、一番まともに見えたまともな子犬(仮)がこちらを向き、かなり嫌そうな(いくら犬の顔でもすぐにわかる位に嫌そうな)表情をしながら、淡々と喋っていた。


「もう一度言うよ。僕らはふざけてない。僕らがデジモンなんだ。ふざけてるのは何も知らないで偉そうに物言う君の方だよチハル」
「な……しゃ、しゃべ……っ、犬が! 大体何であたしの名前知ってんのよ!」

「だから、犬じゃない。僕も歴としたデジモンだ、これで3回言ったぜ。それにチハルの名前の事だけれど、僕らに囲まれてる中それだけ会話してれば嫌でも覚えるさ。嫌でもね」
「嫌でも……って、む、ムカツク犬――じゃない、ムカツクデジモンね……」


なんちゅう嫌味な……。
俺がずっと憧れてたデジモンって、こんな奴ばっかなのか?
はぁ、もしそうじゃなくても大分気分が滅入るぞ。
そんな中、弥之介は黙って周りの喋っていないデジモン達を代わる代わる見つめている。


「どうした弥之介?」
「あぁ、いや。大した事じゃないんだけどよ、あいつらはどういう風に喋るのかな、って興味あっただけだ」
「へぇ……?」

「まぁ、俺もお前みたいにデジモンに大変興味がわきました、って事だよ。っていうかお前こそどうしたんだ? 夢にまで見たデジモン様々、なんだろ」

「あー……えっと、まぁ、うん。そうなんだけどさ……」


正直な話、実物見たら気分が萎えたなんて言えるはずもない。
あぁ、もっとこう、可愛げのある奴がだな……。
隣では未だに千晴と犬っぽいデジモンが言い合い(千晴が一方的に言われている気もするが)を続けているし、気分は滅入るばかりだ。


「あの人は、どうやってデジモンと友達になったんだろうな」
「あの人?」

「切椰 嗣哉(きりやつぐなり)。冒険家にして俺の人生最高の愛読書の著者だよ、こんぐらい基本だ」


ふぅん、と別段興味なさそうに振る舞う弥之介が表情を強ばらせた。
気付くと今まで外を向いていた周りのデジモンが、内側――つまり、俺達の方を向いている。


「なっ、なんだぁっ!?」
「ん……ぅう」


俺の声で目が覚めたのか、往乃もゆっくりと身体を起こしゆっくりと瞼を開ける。
そして寝ぼけたように往乃は辺りを見回し、意識がはっきりしていない状態でブツブツと呟いている。


「此処……何処。た、た、たしか、わ、わ、私は、えーと、大希君達と一緒に遊んでて、なんかに巻き込まれて、気付いたら此処……だから此処……ど、何処……え、えーと、あ、あれれ?」

「お、落ち着け往乃……」

「え? あ、あああああああああああああっ!? あ、あれあれあれあれあれららら……なな、なんで大希君がっ、こ、こここに居るのっ」

「いや、そりゃ居るわよ……あたし達4人、一緒に居たんだから」
「ふみっ。……あ、そ、そっか」
「で……」


往乃も起きたところで、俺達4人は再びこちらを見つめている4匹のデジモン達を見回す。


「何か用かな? まさか、俺達を食おうって腹じゃ……」
「ヤノスケ、君は失礼だな。食べるなら君達が寝てる間に僕らはさっさと食べていたさ」

「まぁまぁプロットモン、そんな毒舌で饒舌になる事ないじゃないか。彼ら、初めてオレらを見て気が動転してるんだよ。ね、そうですよね? チハル、ダイキ、ヤースケ、リョウカ」
「…………」


あ、やっぱりテントウ虫もデフォで喋るんだ。
少し驚いてしまった。


「んだんだ、あんまり気をたてることねぇだよ」


恐竜も喋るし。


「ま、ボクはこんなダイキ達を気に入っちゃったけどね」


二足歩行の犬っころもどきも、もちろん喋ってる。


「えぇ……っと、お、まえ達は……」
「おっと失礼。オレは見た目まんまの名前でテントモンと言います。そして順に――」

恐竜。
「おらはアグモン、よろしくな」

犬っころもどき。
「ボクはテリアモン、よろしくー☆」

そして、嫌味な子犬。
「…………プロットモン」

「ふみっ、…………んにゅぅ」
「ゆゆ、往乃! 起きろ、起きて現実を見るんだ!」

「あうー、だって、だって、見たこともない生き物はもちろん、い、い、犬が……か、か……」
「犬じゃないと言ってる。僕もデジモンだ。これで4回言った」

「かぁーわいーぃーよっ!」


ビクッッ。
そんな音が聞こえるかのように。
往乃綾香の豹変ぶりは、そこにいる7つの存在を大きく驚かせた。

そして、往乃が落ち着きを取り戻すまでの数分、プロットモンと往乃を除外して話は続けられた。





「――んまぁ、ワイドショーで話題になるくらい売れた本だから、デジモンって存在を知らない人はいないと思うけど……本当に居るとは思わなかったわ」

「俺は思ってたぞ」
「ダイキには聞いてない」


密林の暗闇の中、雰囲気にそぐわない電光掲示板の明かりだけが彼らを照らす。
一人と一匹の一方的なじゃれあい、二人の喧噪をよそに、隆崎弥之介は冷静に話を進めていた。


「それで? お前達デジモンが俺達に何の用なんだ?」

「いや、オレらの縄張り争いに巻き込んだ上に、不可抗力とは言えこのデジタルワールドへ君たち4人を連れてきたことに、少なからず責任を覚えているわけだよ」

「んだ。そしてお前らが寝ている間、おら達は襲われないように周りを見張っていただが、話を聞いている内におら達はお前らを気に入ってしまっただ」
「まぁ、そんな訳で――」


ふむ、と一人神妙そうに俯く弥之介に、テリアモンはこう続けるのだった。



「ダイキ、チハル、ヤースケ、リョウカ。今から君たちの人生に関わる、重要な話をしよう」


暗闇の中、その台詞だけが妙にはっきり聞こえるのは、きっと気のせいじゃなかった。

ここは迷わずの森。
今は昼来ぬ世界の、端の端。
決して日が昇ることのない、夜の世界。

Attract2『Introdaction your self.』END

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Attract3『Resolution.』

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