◆ 「着きました、ここがオレ達の言っていた<はじまりのまち>です」 少女、巳柳千晴は静かに戦慄していた。 自分たちの住んでいる街が廃墟になったかのような眼前に広がる光景。 唯一冷静な隆崎弥之介の姿を異常と思えるくらいに、彼女はそれを恐れていた。 知らず隣にいた有里真大希の裾を小さく握りしめ、小刻みに震えている。 「千晴ちゃん。だ、大丈夫……?」 もう一人の少女、往乃綾香が千晴の尋常ならざる様子に気づき、いち早く千晴の元へ駆け寄った。 裾をつかまれていた大希もつられてその様子に気づき、振り返り千晴の両肩に手を置く。 「どうした千晴、気分悪いのか?」 「う、ううん。大丈夫……ちょっと、この光景に頭が追いついていかないだけ……」 「確かに、少し気味悪ぃな、この街は……っと?」 突如、月夜に照らされている建造物一つ一つに、明かりが灯る。 4人の人間の子供を歓迎する証だった。 はじまりのまち。 その名の通り、全てのふりだしとなる場所。 彼らのふりだしもまた、このはじまりのまちに違いなかった。 ◆ デジモンアトラクターズ World 2 Eternal-Sun set Attract 3 『Device drive.』 ◆ はじまりのまちは、俺達が遊んでいた駅周辺をそのまま切り取ったようにそこに存在していた。 駅から駅前大公園出口、ロータリーを含む大きさから、全体的な広さはさほど広くないように思える。 しかも所々に植物がからみつき、まるで廃墟のような雰囲気が漂っているが、灯った明かりがそれを相殺してテーマパークのアトラクションみたいな感じだ。 まちから一歩出るとそこはもう大自然、やはりここは似て非なるまちなんだと実感させられた。 「ひゃひゃっ、ようこそ我らがふりだしの故郷、はじまりのまちヘ」 「ふみっ……」 「っとと」 明かりの灯った街を漠然と見渡していた俺達の不意を突くように、ひしゃげているような、しゃくれているような老いた声の主は往乃の後ろから話しかけていた。 後ろから話しかけられた往乃は驚き過ぎて力が抜けたのか、弥之介に支えられるような体制になってしまった。 その往乃の後ろに居る老いた声の主は、存外小さい身長で予想通り爺さんみたいなナリをしていて、頭に模様が入っている卵を器用に乗せている。こいつがジジモン、だろうか。 そのジジモンは、猫の手を模したものが先端に付いている杖をカツン、と地面に鳴らした。 「久しぶりじゃノ、お前ら」 「ジジモンのじいさん、久しぶりー」 「ご無沙汰しております、ジジモン様」 「久しぶりだなや」 皆が嬉しそうにジジモンに対して挨拶をしていく。 が、その中の一匹、プロットモンだけはやはり怪訝そうな顔の後に舌打ちをオマケして「やっぱり出やがったかクソジジ」と毒突くのだった。 っておいおい、じいさん傷ついてるぞ。 「プロットモン、君が毒突くのにオレは興味はないけど、仮にもジジモン様の孫なんだからそれだと傷ついちゃうって」 「う……うん」 「デジモンにも孫とか親戚という概念があんのか……」 テントモンが慌ててフォローするとプロットモンも仕方ないな、という顔になってジジモンに向かってぺこりと一礼する。 どうやらプロットモンが毒突くとテントモンがそれをなだめるという役割が確立しているようだ。 縄張り争いとかいって互いに戦闘してた間柄とは思えないな。 意外と仲が良いみたいだし、プロットモンも良いところはあるんだろうな。 気付くと、先ほどまで震えていた千晴もジジモンが現れたことにより変化した雰囲気で少し落ち着いたようだ、握っていた裾をもう離している。 「落ち着いたみたいだな」 「え? あ……うん、ごめん」 「なぁに謝ってんだよ、千晴と俺の仲じゃねえか、気にしない気にしない」 「アリガト……」 人の不安は笑い飛ばすに限る。 と、俺の心の教訓その2を発動したところでジジモンが高らかに声を上げた。 「子供達、ワシの家へ来なさい。色々話したい事があル」 「は、はい」 俺達を代表して往乃が返答し、小さくお辞儀する。 するとジジモンが小さく頷き、先頭を切って歩いていく。どうやらジジモンの家に向かうらしく、他の皆もついていくように歩き始め、俺も置いて行かれないように歩いていく。 礼儀正しいというかなんというか、往乃が居て助かった回数はいくつになるのか。 とにかくこいつはこういう事細かな礼儀も忘れず行うのだ。 俺の観点で尊敬できる人間ってのは、こういう風に育っていくんだな、と漠然と考えてみたりもする。 こと礼儀正しさにかけちゃ、弥之介も負けたもんじゃないのだが。 「ここじゃナ」 「ここ……って言われても」 ジジモン達が足を止め、とどまった場所をぐるりと見回してみる。 俺達が巻き込まれたかのロータリーだった。 「人が入れそうな場所、交番しかないじゃねえか……ってまさか」 「うム、そのまさかで間違いないじゃロ。この交番がワシの家じゃ。奥へ行けば広いからの、さっさと入ろうではないか」 言われたとおり、奥へと足を進めると、交番の中とは思えない広さに装飾、中央には5つの祭壇らしきものが異風を放っていた。 全体的にインディアンっぽい民族的な装飾は(当然、実際に見たことなどないのだが)見ているだけで心が温かくなってくる。 その場所で立ちつくす俺達4人と4匹に、ジジモンは「楽に腰掛けヨ」と告げられる。 「日が昇らなイ」 「「「「え?」」」」 俺達が座ってからすぐにその一言だけ、静かに物を放置するようにジジモンの口から吐き出された。 「何故夜なのに日が昇らないのかわかるのか。それはこことは別にある総合データベースに記録されていル。太陽が元々昇らないようにプログラムされていたかのように、ぽっかりと日が昇る部分だけ消えているのじゃ。世界の情報が……特徴あるデータが残される、もしくは『欠ける』というのはこういう事なのじゃヨ」 「……」 フム、とその小さな手で髭をいじくるジジモン。 その間、誰も何も……喋らない。 「ダイキ……と言ったかナ」 「おっ、俺っ?」 「デジモンに大変興味がある要じゃガ……どうかねこのまちハ」 「……」 「ひゃっひゃ、黙らんでもええわい。気味が悪いだろうに、お主らが住んでいる街とうり二つなのだかラ」 確かに――確かに、このまちは正直不気味で仕方がない。 廃墟と称しても間違いでないようなこの雰囲気は、先ほどの千晴の様な反応をするのが正常なのだろう。 だけれど。 こんな光景がこれから帰るまでに続くと思うと、正直慣れなきゃやってられないという気持ちの方が上だった。 「まぁ良い、人間が来るのは言い伝えだと救いの前兆じゃ。このタイミングでお主らが来たのもきっと偶然ではなく必然であるからして、ワシはお主らに託さねばならない物があル」 ジジモンはのっそりとした足取りでゆっくりと祭壇の前まで移動し、杖をかざす。 すると5つの内4つの祭壇から一昔前に流行った携帯液晶ゲームのような物が浮かび上がり、光を発しながら俺達一人一人の元へと飛んできた。 各々が滞りなく、それを受け取る。 「た、託す物って……まさかジジモン様」 「デジヴァイス……なんだぁな」 「デジ……ヴァイス? なんなのよ、それ」 「おもちゃみてぇな形してるし……大希、例の本で書いてなかったのかデジヴァイスってのについては」 弥之介にそう聞かれるも、俺の記憶にはデジヴァイスなんて言葉は記録されていない。 まじまじとそのデジヴァイスを見つめても、何に使う物なのか想像も出来ない。 「書いてねえよ、デジヴァイスなんて。一言も載ってなかったぜそんな単語……」 「なんか、光ってるみたいだけど……」 「落ち着ケ。お主らには帰るついでとは言えこのデジタルワールドを救う手伝いをして貰う、いわば選ばれし子供なのじゃ。色々困ったらソレに念じてみヨ、きっと道が開け――」 ――何かが、もの凄い勢いでこの交番にぶつかった。 建物が揺れた感覚と、内に響く爆音がそれを言わずにも俺達に伝えた。 ……二度目の衝撃。 ぶつかった……というより、今のは――。 「――誰か突っ込んできたみたいだよ、ダイキ」 「……っ」 「ええい、今一番いいところじゃったのに邪魔しおっテ!」 「そういう問題じゃないだろクソジジ! 早く外に出て応戦しないと僕らは建物に潰されてお陀仏なんだよ!」 「わ、わぁっとるわイ」 「取り敢えず皆、外に出るぞ!」 弥之介が声をかけると同時に、俺達は交番の外に飛び出した。 間もなく、何者かが3度目の衝撃を交番に与え、敢え無く建物は崩れ落ちた。 ◆ 大希、千晴、弥之介、綾香、テリアモン、アグモン、テントモン、プロットモン、そしてジジモンと卵。 全員が息を呑む。 崩れた交番から大きな影が現れたのだ。 突然の出来事に追いついていなかった思考を全力をかけて追いつかせる。 唯一無二の安全地帯だったはずの場所に、襲撃。 「ギェリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリッ!」 耳をつんざくような高い鳴き声を上げたそれは、鳥の形をしていた。 暴れ出したデジモン。砕けていた瓦礫の山がさらに砕けていく。 子供達のパートナーであるデジモン4体が、それぞれに戦闘態勢に移る。 目の前に君臨するは、疾風を生む足と、それが生えている硬化した鱗が鎧のように覆う全身。 ――巨大な古代鳥、ディアトリモン。 Attract 4 『Device drive.』END Go to Next Episode Attract5. |
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