◆ 突然の出来事に、俺達は言葉を失っている。 大希も、千晴も、往乃も、皆。 俺と言う存在が何とか出来る問題じゃないのは理解している。 何とかしたいのはきっと大希辺りも同じハズなんだ。 我慢を、しなければ。 ――同時に……覚悟を。 ――隆崎弥之介、思考。(T)―― ◆ デジモンアトラクターズ World 2 Eternal-Sun set Attract4 『Brave heart.』 ◆ 表現のし難い威圧感に飲み込まれている。 ディアトリモンと対峙する4匹は、それに臆することなく戦闘態勢を取っている。 成熟期vs成長期×4+究極体の構図を取れば問題視することは無いのだが、いかんせん究極体の中でも力の劣ったジジモンは戦力に含むことは出来なかった。 故の成熟期と成長期4匹の対峙。 数の上では有利なのだが、戦闘に関しては成熟期に対しては成長期4匹が束になったところで下がる勝率は10〜20%辺りであろう。 負ける確率が圧倒的に高い戦闘。が、しかし勝てぬ戦闘ではない。何より勝たなければならぬ戦闘でもある。 子供達と旅を始めるためにも負けることは許されない。 斯くして、静かに戦闘は始まった。 ディアトリモンは走る前のモーションとして、地面に足をこすりつけて力を蓄えている。 その隙を突くようにテントモンがその両手に持つかたいツメをディアトリモンの眉間へと槍のように突き刺そうとするが、敢え無く硬化した皮膚にて跳ね返される。 「ギェリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリッッ!」 地を裂く様な咆吼は、それだけで周囲に多大な影響を及ぼす。 はじまりのまちに設置されているツルの巻き付いた街灯の硝子が次々と砕けていく。 首を一回だけ大きく震わせ、こすりつけていた足の動きを止めるディアトリモン。 そしてもう一度短く咆吼すると、肉眼では追いつくことが困難な速度で疾走を始めた。 ロータリーをぐるりと2周ほど走り、先ほどまでいた交番跡の位置に戻ってくる。 「は……はええっ。勝てんのかあんなのに!」 「……」 「……」 「……」 大希以外の3人は堅く口を噤んだままそれを開かない代わりに、目一杯瞼を押し上げて、ディアトリモンの姿をそれぞれが捉えている。 時速約200km。そのスピードは、やはり見るものに畏怖と尊敬さえ感じさせる。 再び短い咆吼と、疾走前の地面に足をこすりつけるモーション。 その瞳は、大希達四人を睨むようにこちらを見つめていた。 「ブゥゥレイジングファイアァ!」 「ベビィフレェエエイム!」 「プチィ、サンダァーッ!」 「パピーハウリング!」 4匹の成長期が、それぞれに遠距離系の技を繰り出し、見事ディアトリモンに命中する。 命中すると言っても、その巨大な体躯に対してその技達はあまりにも小さすぎるため、命中して当然と言って然るべき状況ではあったのだが。 テリアモンのブレイジングファイアと、アグモンのベビーフレイムが僅かに、ほんの僅かにディアトリモンの翼を焦がし、テントモンのプチサンダーとプロットモンのパピーハウリングがディアトリモンの巨大な体躯を一度だけ痙攣させる。 要約すれば全く効いた様子もなく、ディアトリモンが咆吼するだけで成長期のデジモン達は吹っ飛ばされるように地面に突っ伏した。 「テリアモンッ!」 「「「……ッ」」」 「あぐぅ!」 「うあっ!」 「だぁあ!」 そして走り出したディアトリモンは、子供達に向かうまでの途中に突っ伏しているプロットモンとテントモン、アグモンの三匹には目もくれず、それどころか踏み潰していきながら大希達に姿勢を低くし、両翼を広げ突っ込んでくる。 200km/時に達するまでの加速助走距離が足りないのか、突進してくるスピード自体は大したものではないのだが、踏み潰された時に感じる重量は生半可な数値では無いハズである。 動けぬほどでは無いにしろこの結果この3匹は戦意喪失。事実上、3匹の成長期はリタイアする形となってしまった。 「うおおっ!?」 「「きゃあっ」」 「……っ」 大希以外の3人は左へ、大希一人のみ右へ跳んでディアトリモンの突進を避ける。 が、大希は跳んだ方向がいけなかったのか、タイミングが遅すぎたのか――。 「なっ、なんだよ、これ! 速……き、きもちわる……ぐぅっ!」 「大希っ!」 「だ、ダイキ! あの馬鹿……!」 「大希くんっっ!」 ――ディアトリモンの両翼の先端に突いている刃のような突起物に、シャツの襟の部分がひっかかり、捕まるような形になってしまったのである。 時速200kmに達したディアトリモンのスピードは風を切っている。 捕まっているだけとはいえ、両翼もとい大希に襲いかかる圧力は半端なものではない。 ましてやその圧力に流れて吹っ飛ばされるのならともかく、翼が圧力の逃げ場を無くす壁の役割を果たしていて、大希にかかる負担は頂点に達している状態と言っても過言ではないだろう。 大希は気を失う直前まで追いつめられ、翼に身体をひっかけている様な体制で静止してしまった。 運良くディアトリモンの疾走位置から外れ、轢かれずに済んだテリアモンは、突っ伏していた身体を無理矢理起きあがらせ、その様子を小さな両目で追う。 「ぐぁう……っ」 「ダイ……キ……」 (ダイキが……危ない……っ、なんとかボクが……ボクがなんとかしないと……ッ!) ……瞬間。 大希が首から下げている、先ほど受け取ったデジヴァイスが祭壇に置かれていた時と同じ輝きを取り戻した。 光にあてられるように急停止するディアトリモンを余所に、テリアモンの頭上には大きめの光の輪が浮かんでいる。 「ダイキィイイイイ!」 「テリア……モォンッ」 回転するようにゆっくりと光の輪が降りてくる。 増加に伴う再構築をされていくデータ。 テリアモンが降りてくる光の輪をくぐり終えると、その姿形は先ほどまでの小さな体躯とは違い、両手に銃器を備えた逞しい姿に変わっていた。 ――進化、である。 「テリアモン≪進化-エヴォリューション-≫、ガルゴモン!」 その光景に、千晴は思わずデジモンに対しては堅く噤んでいた口を開いた。 「形が……変わった、の?」 「……進化、じゃヨ。早速デジヴァイスを起動させおった。ダイキと言ったか、彼奴め……ひゃっひゃ、なかなかどうして……やりおるわイ」 「ロータリーに居た奴と同じ姿だな」 「……ふみ」 ストップしていたディアトリモンが、走る前のモーション無しで突然走り出す。 そこにすかさず正面からのガルゴモンの攻撃、発砲しながら殴りかかるダムダムアッパーを繰り出し、ディアトリモンのスピードを再び殺すことに成功する。 弾丸とディアトリモンの頭部を包む外殻がぶつかり合う鈍い音が周りに響く。 同時に放り出される形となるが、捕まっていた状態から逃れることが出来た大希。 綾香が駆け寄り、大希の介抱をはじめるが、そんなのをお構いなしに大希はガルゴモンへと声援を送る。脳天を砕かれかねん勢いで殴られたディアトリモンはと言うと、ならば、と言わんばかりに空を見上げ口を大きく開き、喉を震わせた。 「ギェリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリッ!」 「ズダダダダダッ、ってね!」 同じく空へと両手を上げるガルゴモン。 必殺技、ガトリングアームを惜しげもなく天へと放ち、その発砲音でディアトリモンの咆吼を相殺する。結果周りに咆吼による影響は見られず、ガルゴモンの発した音が古代鳥の鳴き声を消したことを明確に表した。 「いいぞ、テリ――じゃない、いいぞ、ガルゴモン!」 長い咆吼を終えたディアトリモンは、再びモーションから入らず走り出す。 真っ直ぐにガルゴモンへと突進してくるディアトリモンの角を、交わすタイミングと同時にガトリングの先端にあるアームでしっかりと掴み、ガルゴモンがディアトリモンに騎乗する様な体制になった。 ガルゴモンは左腕で角を掴みながら、右腕のガトリングアームを外殻が包むディアトリモンの額へとあてがう。 「これで……終わりだっ! ガトリングアーム、レンジオブゼロ!」 再び外殻が弾丸を弾く連続した鈍い音が周囲に響き渡る。 だが、ダムダムアッパーの比ではない量の弾丸の雨をゼロ距離射撃されているディアトリモンは、この攻撃の前に為す術無く、その場に倒れ込むことしかできなかった。 こうして戦闘は、静かな始まりを告げたのとは反対に、騒がしい幕切れとなった。 「……勝った」 「勝……ったね」 静かに漏らした感想の中には、確かな安心と喜びが混じっていた。 ◆ あの戦闘の後、ガルゴモンはテリアモンへと戻り、俺達は総合データベースとやらに来て休息を得ていた。 大希とテリアモンは熟睡、他は起きてそれぞれに話をしていた。 ……楽勝と言うよりは、辛勝。 テリアモンを残した3匹が戦意喪失したのにも関わらず、俺達は自分の相棒に駆け寄ることさえ……いや、声をかけてやる事さえ出来なかった。 結局の所、千晴も往乃も、そしてなんだかんだで俺もデジモン達に心を開けていなかった、と言う事なんだろうと思う。 ――大希を見習わなければいけないと、そう思った。 そんな風に思考を巡らせていると、ジジモンは高らかに声を上げた。 「ひゃっひゃっ! こりゃいいわイ。お主らにはただの子供としてではなく、選ばれし子供として旅を初めて貰って構わんようじゃノ! 少なくともお主らにはその資格があル!」 「自分の考えに自惚れんなクソジジ。こっちで進化したのはまだテリアモンだけじゃないか馬鹿馬鹿しい」 「プロットモン!」 「うぅ……」 毒突くプロットモンをなだめるテントモンを余所に、ジジモンは傷つくことなく話を続ける。 「いや、お前らも必ずこっちで進化することが可能なハズじゃ。ワシはそう信じておるヨ」 髭をなでるジジモン。 この爺さんがこいつらをこんだけ信じてるんだ。 俺も、信じてやれるよう頑張りたい。 「そういえばジジモンのじいさん、ババモンのばあさんはどこいったんだな? おら、最近見てねえケド」 「ババ……僕も見ないな」 「オレも見てないですね、どっか行かれたんですか?」 「ババモンか……うム、この前遂に寿命を迎えてな。このデジタマへと戻りおったわイ」 ジジモンの頭上に乗っていた卵がふるふると揺れた。 どうやらデジモンはその生に終わりを迎えると卵に戻るらしい。 「寿命……そうか、寂しいな」 「まぁワシにとっては好都合じゃがノ。尻に敷かれるのはもうゴメンじゃからナ」 「でもデジタマが孵って順当に成長すればババモンになるわけだから、もう一度会えるさ」 かのババモンと言うのは相当恐ろしかったのか、ジジモンがぶるぶると鳥肌を立てた。 その光景を見て、皆が皆笑いを堪えきれずに思いっきり声を出した。 戦闘の後にこうやって平和な部分が見られるのなら、これから始まる旅も少しは楽しくなるかなと、なんとなくそう思った。 ――隆崎弥之介、思考。(U)―― Attract5 『Brave heart.』END Go to Next Episode Attract6. |
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